絶望という希望への道程

おはようございます。

2017年1月23日月曜日

今日も変わらずよろしくお願いいたします。

唯一無二の今日一日です。

大切な大切な今日一日です。

慈しんで、十分味わって

過ごさせていただきましょう。

中村秋津久
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絶望

それは光に近づくための必要な道程

絶望は

「生きたい」

という

魂の叫び。

絶望は

「私って何?」

「私は

生きる価値

あるの?」

「私は

何のために

生まれてきたの?」

という

実存への

問いかけ。

絶望は

自分の人生の

本当の

目的

生きる意味を

求めてやまない

魂が

闇の中で

出口(希望)

を求めて

彷徨

(さまよ)っているときの

声にすらならない

自らへの

問い。

そして

答えのない

荒涼たる

時間の地平。

しかし

絶望は

決して

ゴールではない。

絶望を通して

絶望に

きっちり

向かい合うことで

本当の

希望に

たどり着ける。

絶望は

光に近ずくために

必要な

道程であることに

気づいた日

自分の命が

躍動し始める。

そして

世界は

再び

神秘に満ち

輝き始める。

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中村秋津久寸評

昨日の投稿

ー哀しみ

痛み

そして

苦しんでいる

あなたへー

で書かせて頂いた

私の寸評が

今日の

散文詩にも

そのまま

当てはまるため

再び

そのまま

掲載させて

頂きます。

「以前にも

何度か

取り上げさせて

頂いた

ことで

ありますが

それをここで

再度

ご紹介

いたします。

それは

何か

自分にとって

大きな

幸せとか

何か

自分にとって

大きな

喜びとか

訪れる

前には

必ず

その前に

苦難が

訪れて

自分を

試します。

その苦難は

「あなたは

本当に

真剣に

その

大きな

幸せを

欲して

いるのか

あなたは

本当に

真剣に

その

大きな

喜びを

欲して

いるのか」

確かめるために

神様が

試しているのです。

そして

自分が

乗り越えられない

苦難は

その人には

決して

訪れは

しないのです。

儒教の

中の

【孟子】(もうし)にも

次のような

言葉が

あります。

現代語訳を

ここに

載せて

みます。

「天が

重大な任務を

その人に

与えようと

するときには

必ずまず

その人の

精神を

苦しめ

その筋骨を

疲れさせ

その肉体を

飢え

苦しませ

その行動を

失敗させ

行おうとする

意図とは

違うように

させるものだ。

これは天が

その人の

心を

発奮させ

性格を

辛抱強くさせ

出来なかったことを

出来るように

させるための

試練である」と。

また

キリスト教の

あの聖書の中にも

同じようのことが

書かれて

おります。

「神は真実な方ですから

あなた方が耐えられない試練に

会わせることはありません。

むしろ耐えられるように

試練とともに、

脱出の道も

備えてくださいます。」

(コリント人への

第一の手紙10章13節)

このように

観れば

今あなたの

目の前にある

哀しみの

深さも

今あなたの

目の前にある

人生の痛みも

そして

今あなたの

目の前にある

先の見えない

闇の深さも

すべて

説明が

つく

ことなの

ですね。

ですから

人生には

無駄な

月日などは

あるはずも

ないのですね。

ですから

目の前の苦難から

目を背けたり

逃げたりしては

いけないのですね。

確りと

真正面から

受け止める

ことですね。

あなたが

越えられない

試練など

決して

あなたには

訪れは

しないのですから。」

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私(著者)は36歳のとき、

重い脳腫瘍と水頭症を患い、

生死の境を彷徨(さまよった)したことが、

「気づき」の始まりでした。

それまでの私は自分でも心身ともに健康だと

思っていました。

しかし、病はある日突然に姿を現しました。

言語を絶する肉体的な苦痛と精神的な恐怖……

自分の不運を嘆く気持ち……

いろいろな感情の狭間で心は揺れ動きました。

そして、次第に「病の意味」を

自分自身に問うようになりました。

発病は偶然の不幸ではなくて

とても大切なメッセージを、

私に伝えようとしてくれているのではないかと

思えたのです。

心とからだの仕組みを学べば学ぶほど、

私には「病気=悪・敵・排除すべきも

の」という、

世間一般で考えられているような

一面的な見方ができなくなりました。

それまでの人生を見つめなおし、

自分に向き合うときがきたということでした。

病を自分の人生に必要なこととして

素直に受け入れたときから、

私の「気づきと癒しの旅」が始まったのです。

この旅の過程で、折々に感じたこと、

気づいたこと、考えたことを書き綴(つづ)って

きました。

(気づきのノート プロローグより )

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気づきのノート

『もどっておいで 私の元気!』

岡部明美(善文社刊)

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(写真は友達からお借りしたものです)

(昨年7月2日の投稿をリニューアルしたものです)

最後までお読みいただきありがとうございます。

中村秋津久九拝

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